あなたの未来だけは変えられる

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あなたを取り巻く環境や、あなたの過去の経歴は変えることができません。でも、あなたの未来だけはいかようにも 変えることができます。もし、あなたが変えようと思うなら。

 

まず、今、自分が置かれている環境がどうであれ、自分の人生だけはうまくいくという気持ちを持ってください。わかってほしいのは、成功のコツは極めて簡単だということです。それは、一歩踏み出すことと、始めたことを辞めないこと、そしてちょっとした幸運。

 

自称”ニートの元祖”があなたの未来を変えるお手伝いをします。


ボクはニートか

ニートとは発祥地のイギリスによると「Not in Education, Employment or Training」の略語です。日本語では 「教育を受けておらず、働いてもいない、そして、職業訓練も受けていない人」などと訳しています。

 

しかし、日本では一般的に「非労働力人口のうち、15〜34歳に限定し、家事も通学もしていないその他の者」 と定義しています。

 

そういった意味ではボクは低い偏差値の大学ですが、そこを8年かかりましたが一応卒業しているので、学歴があると言うことになります。でも、卒業と言っても単に卒業証書を持っているだけで中身は何もありません。大学8年間の期間は、実質、ニートといっても過言ではありません。

 

というのは、当時はニートという言葉はありませんでしたし、そんな生き方をしている若者はほとんどいませんでした。みんなまじめに学校へ行き、卒業するとまじめに仕事をしていました。

 

学校へ行かない若者はぐれていた者以外はいませんでした。ぐれていなくて学校に行かずに仕事もしない人なんてボク以外周りにはいませんでした。みんなまじめだったんです。そこでボクは自分で自分のことをニートの元祖と言うことにしています。

僕の青春の軌跡

一般に、ニートは(僕だけかもしれませんが)欠点を持っています。それは精神的弱さです。特徴的に表れるのは、何もしたくないし何事も長続きしない、努力などしたくない、勉強などまっぴら、そして、すぐに他人に頼る、などなど。そして、内向的だから友人もできにくい。

 

僕はこれらの特徴をすべて持ち合わせています。もうこれだけで世の中を生き抜いていくのが困難な状況です。それでも、なぜか偏差値40そこそこの大学に入学できました。

 

なぜか?

 

それは、

 

僕は中学の頃から学校をさぼることを覚えて、午前中だけ学校にいて、午後jは映画館通いでした。その頃は今より多くの映画館があり、週に何回も映画館へ行っても、同じ映画を見ることはありませんでした。

 

おかげで高校入学もギリギリ。もちろん成績は常に学年でビリ。それでも一人前に好きな女の子がいたため、廊下に張り出される成績表を何とも恨めしく思ったものです。そうなんです。昔は成績表を張り出していたのです。

 

で、そんな成績でなんで大学に入学できたのか。それは映画のおかげです。趣味が映画だったために英語を勉強するようになったのです。中学時代は日本の映画を見ていましたが、高校になると洋画に変わりました。もちろん学校をさぼって映画を見るのは中学から高校まで続けていました。

 

映画と大学入学。どんな関係かと言えば、数多くの洋画を見ているうちに、いつしか英語を理解したいという気持ちがわいてきたのです。そのために、ろくに学校へ行かないのに、英語だけは少しばかり勉強していました。そして、あとで気が付いたことですが、入学した大学は英語の成績が良い受験生を優遇していたのです。今でいう一芸入試のようなものです。

 

ボクは英語力のおかげで大学に入学できました。そして、やがてある有名な外資系へ潜り込むことになります。

 

でもその前に・・・・・

絶望の日々からの脱出

そりゃ大学へ行って、授業に出て、試験を受ければ最低の点数をとったとしても単位は取れる。でも大学へはたまにしか行かない、行って授業に出ても居眠るするだけ。これじゃ卒業できるはずはない。

 

大学8年目に突入した春。たまたま大学へ行ってふと掲示板見ると、「○×は●×教授の研究室へ出頭すること」とある。まるで指名手配だ。「なんだろう?おれ、何か悪いことしたかな?」

 

おあそるおそる教授の部屋をノックしました。秘書に部屋へ通され、何を言われるか心配で胸の鼓動が高くなります。入り口でぼんやり立っていると、教授が入ってきて、

 

「座りたまえ」
「・・・・・」
「君、大学は8年までしか在籍できないんだよ」
「・・・・・」
「君は今年で8年目だ。最後の年だよ」
「・・・・・」
「来年、卒業証書を持って出ていくか、持たずに出て行くか、ここで決めなさい」
「・・・・・」
「どうするんだ?」
「卒業できるかどうかわかりません」
「調べたんだけど、あと少しで卒業できそうだよ」
「・・・・・」
「あとこれとこれ、そしてこの単位を取って卒論を書けばどうにかなりそうだよ」
「・・・・・」
「どうする?」
「・・・・・」

「授業料もいっぱい払ったんだろうから、卒業証書を持って出ていったらどうかね?」
「・・・・・」

 

やっとの思いで卒業証書を持って出ていきます、と答えるのがやっとだった。

 

そのときはこれがボクの人生を大きく変えるきっかけになるとは夢にも思っていませんでした。

 

そうなんです。

 

偏差値の低い大学を8年もかかって最低の成績で卒業したことが、ボクの人生に大きな幸運をもたらしたのです。

その後

翌年、大学は卒業したものの偏差値の低い大学を8年かかって卒業した者にはろくな就職口はありません。そこで、新聞広告で見つけた小さな会社へ就職しました。その頃はまだネットはなく、まともに就職した者以外は仕事を見つけるのには新聞の小さな広告しかありませんでした。

 

その会社は詐欺まがいの仕事をしていましたが、そんな会社で、偶然にもボクの未来を決定する人に出会ったのです。と書いてしまうと、
「おまえは単に運が良かっただけじゃないのか?」
と言われそうです。

 

運もありました。でもその運に出会うためにボクの英語力が助けになったのです。それがなかったら運に巡り会えていても、それを生かすことはできなかったことでしょう。「一芸は身を助ける」です。

 

こうして社会に出ていったボクの経験が、一つでも皆様のお役に立つことがあれば幸いです。